(平成23年12月13日)

「忍たまおやじの苦悩」
 コラムをご覧の皆様、教育TVが放映している「忍たま乱太郎」というアニメをご存知でしょうか。長寿番組でありながらマンネリに陥ることもなく毎回とても面白い漫画を提供して頂いております。登場するキャラクターは数十人に及びその全てと言っていいほどが奇抜で楽しく一度見たなら決して忘れられない特徴を持っているのです。スタッフは余程勉強熱心で卓越した笑いのクリエーターではと思われます。キャラは全てありえようもない特技と根性を持って登場し子供の心を掴んでいくのですが、中には大の大人も引き込まれ我を忘れる展開を見せてくれるのです。私が心待ちのキャラに、たまに登場する花房牧之介という子供の自称剣豪がいて、毎回戸部新左エ門という本物の剣豪を付け狙い卑怯な手段を繰り出すのですが、これがどうにも上手くいかないのです。何度やってもどんなに有利な展開になっても最後はこけるのです。とても気の毒なキャラではありませんか。現実社会においても卑劣な手を使わないまでも、合理性を以って相手(経営者、上司、カミさん等)をねじ伏せることすら難しい世の中を見せられているようで同情を禁じ得ないのです。重ね合わせ不運を恨めしく思うのと同時に、妙にさわやかな笑いがあるのは何故なのか不思議でなりません。
 番組を見終える頃、そっと近づいてきた不審人物が横柄に威張った口調で言うのです。
「何笑ってるんだ。忍たまおやじ!」
何を隠そう我が家のカミさんなのであります。帰ってきたばかりの鬼嫁なのです。
勤める会社では「やせ馬だってプライドだけは高いんだ!」と生きてきた私にとって一番の苦手な生き物ではあるのです。しかし、
「うるせえ」
と聞き取れないくらいの声で反論するのが精々なのです。

 カミさんが三度目の癌を発症したのは二年ほど前。下咽頭にできた癌でそれを切除すると同時に自分の腸の一部を下咽頭へ移植するという大掛かりな手術となったのです。7.5時間もかかった大手術でした。術後、喉の経過は順調であったのですが、摘出した下腹部で腸閉そくを起こし再度手術をして事なきを得たものの入院期間は2か月に及んだのです。運が強いのと同時に生きる力は並外れて強靭で、回復訓練の為と称し国立病院の中庭に作られた散策道を点滴を吊り下げた車輪を押して何周も回るタフさを見せたのです。何日も何日も!それは入院患者や看護婦を驚かせる根性でした。そのような屈強なスーパーおばさんにプライドだけの小心者の善良なおやじが勝てるはずもなく、日々苦悩は続いているのです。

 片田舎の我が家の庭先には狭いながらも細長い花壇があり、雑草が生えるとしきりに草むしりに走り、時期が来るやパンジー等の草花を植え寸暇を惜しんで庭の手入れに勤しむのが常なのです。懸命に作業に没頭するあまり食を忘れ時間が経つことすら意識下にはないように思われるのです。その甲斐あっていつも小奇麗になってはいるのですが、口癖のようになじるのです。 「あんたが何もしないから私の指は回帰性リュウマチでいつも痛いんだ。たまには手伝うという気は起らないのか」と。
事実は事実として認めるのだが、腰を患っている事を理由に反論しようが糠に釘どころか追い打ちをかけられるのが精々なのです。
何日か経つと、芝生を刈り綺麗にした庭に必ずと言っていいほど現れるのが近所の猫で、堂々と草花の周りや芝生上に排泄していくのです。その度に硝子戸を叩きけん制するのですが、猫も慣れたものでそのくらいでは動じず逃げるそぶりも見せず悠然と見返すのです。そうなるとカミさんも黙ってはおらず勝手口から飛び出し追いかけることになるのですが、猫は慣れたもので深追いの出来ない生垣を跨ぐと颯爽と姿を消すのです。カミさんにすると折角手入れをした草花が排泄後の砂かけで弱っていくのを我慢できないらしいのである。部屋に戻り私と目が合うと意地の悪そうな目つきで言うのです。
「しっかり見張ってあの猫が来たら追い返えしなさいよ」

或る晴れた日曜の朝。まだ寝床で惰眠をむさぼっているとカミさんの声。
「ちょっと起きて手伝ってくれない」
寝ぼけ眼で勝手口から庭に出ると小さなウサギが2羽芝生上を、鼻をひくひくさせながら飛び回っている。ウサギは白と黒のまだら模様をしたとても可愛らしい仕草を見せ、人を恐れてはいないようだった。いかにど田舎でもこの辺にウサギが生息しているなんて聞いたことはない。よく見ると随分きれいに手入れをされているように思える。そのウサギを捕まえようというのだ。私に1平方メーターほどの戸板を持たせ、カミさんも同じような戸板を持ち隅に追い込もうという魂胆であった。捕獲するにはあまりにもお粗末な道具である。ウサギは隅に追いやられるどころか芝生を自由に跳ね回り、遂には奥隣りの家の藪に消えていったのである。そこでカミさんは言った。
「あんたがもたもたしているから逃げたじゃないか」
何処まで行っても私が悪いのである。
後日分かったことであるが、隣りの工場で社員に飼われていたうさ公が逃げ出し、我が家の庭を徘徊していたらしいということであった。何にしても長閑で腹立たしい朝ではあったのである。

 未だ訴えたい話は尽きないのであるが、何れ反撃をすべく一計を案じているところである。「忍たまおやじ友の会」を結成して仲間の力を拝借し打って出るのも悪くはないのだが、あいにく人と接することが苦手でもありこの案は難しいと思われる。何時の日か「忍たまおやじの逆襲」を掲載できるよう心から願って止まない。

トップ      ホーム